寺泊水族博物館、佐渡 高速船あいびすについては寺泊観光パンフレットよりご案内しています。

白山媛神社、聚感園、密蔵院、初君歌碑 ついては小冊子「詩情豊かなー寺泊の史跡」寺泊町役場(現 長岡市役所寺泊支所)産業観光課 を参考にさせていただきました。

尚、現在、どちらのパンフも寺泊観光協会にございます。
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有名なアメ横のお魚売り場。市場通りの鮮魚店には生や茹でカニや魚貝類、干物類などの海産物がところ狭しと並んでいます。

海産物好きの方には何よりの場所です。豊富な種類にお買い物もワクワク!いろいろな海の幸を見たり食べたり、お土産にもたくさん買えそうです。その他のお土産品のお店も軒を連ねているお買い物ゾーンです。

欠くことのできない衣食住の食を充実のお買い物によってお楽しみください。

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当館から徒歩5分の、佐渡汽船乗船場より赤泊まで高速船あいびすが就航しています。
                           
   → 詳細はリンクより

パック以外にも佐渡にいろいろな発見がありそうです。癒しや未知との遭遇をお楽しみにお出かけください。

今年度(2018年度)の佐渡汽船、高速船あいびすの日帰りパックのご利用では先着400名限定の\1,000割引券も発行されます。お得で楽しい旅をなさってください。





 




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海に浮かんだようなモダンな外観の水族館。

寺泊海岸に流れ着いた海亀の子供は元気に育っているでしょうか?
アカウミガメはどうでしょうか?

ぜひ足を運んで、水に生きる生き物達を観察、見学してください。

☆400種、10000匹の魚たちが勢揃い。
熱帯魚やタカアシガ二やデンキウナギやペンギンがいます。餌付けのショータイムなどもあります。

お楽しみにお出かけください。

開館時間  9:00 ~17:00(年中無休ですが、作業日は休館)

入館料    一般大人¥700  中学生¥450  
        小学生¥350    幼児¥200 

*寺泊パンフレット持参の場合、それぞれ大人¥200、中学生¥150、小学生¥100、幼児¥50引きになります。
 
                             → リンクページにあり  
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久しぶりに朝のウォーキングを始めたところ、海はこんな風になっていました。

寄せる白波が美しい海でした。
何千年も昔からこの風景は変っていないのかもしれないと思うとやはり感動します!弥彦山もくっきりと秀麗な山容を見せていました。
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古くから海上安全の神として崇拝されてきた白山媛神社。

毎年5月3日が春の例大祭になり、神輿や稚児行列の練り歩きが執り行われます。神輿行列の前には大神楽、小神楽が町部を廻り、参加する人が少なくなったとはいえ、賑やかで活気のある一日になります。


ちなみに明治以前は旧暦4月3日で、浜は鰯の大漁で賑わい、「鰯祭り」の呼称があったそうです。
また北前船全盛の時代に奉納された船絵馬52点が伝わり、国の重要文化財に指定されています。




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北越の豪族五十嵐氏の邸宅跡を活かした史跡公園。
いろいろな深い歴史を秘めた公園です。

園内は藤原為兼が手掛けたとされる庭、池を中心に整備され、緑と石が調和しています。

佐渡へ遷御された順徳上皇がご滞留になった際の行在跡があり、文人としても名高い宗良親王(後醍醐天皇の皇子)が滞在された陣屋敷跡でもあります。

                                 
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越後の名僧良寛様が45歳の頃仮住まいをした所。真言宗如意山照明寺の境内にございます。

今の密蔵院は茶室庵式で、持仏堂と茶室を兼ねた様式で「京間造り」といわれています。良寛様の人柄を偲ばせる簡素なたたずまいで詩碑、歌碑も建立されています。

また毎年6月16日夜か18日に同寺で観音講が行なわれます。



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愛宕神社脇に所在します。

佐渡配流の歌人藤原為兼卿が風待ちのため逗留された際、旅情を慰めたのが遊女初君でした。その38日間の滞在の間に都の貴人と鄙の遊女は、相互の愛情が芽生え和歌を交わしあったのです。

その船出の時の別れを惜しんで詠われた歌

  もの思いこしぢの浦の白浪も 立ちかへるならひありとこそきけ 

の歌碑(お墓)が、郷土の方々によって建てられています。

またこの歌は、後に勅撰「玉葉和歌集 」一二四〇に収められています。

皇祖天照大神の曾孫天香語山命(アマノカゴヤマノミコト)をおまつりしています。

山頂(標高638m)には御神廟があり、山上公園になっています。
ちなみに東京スカイツリーの高さ(634m)とほぼ同じくらいなのですね!

弥彦神社には宝物殿もあり、秋(11/1 ~11/24)には境内で菊花展が行われ、「弥彦の菊まつり」として賑わいます。  → リンクページあり

またロープウェイ、パノラマタワー、クライミングカーなど、お子様連れでも楽しめます。
料金等については弥彦山ロープウェイ Tel 0256- 94-4141 にお問い合わせ願います。   

尚、パノラマタワーの乗り場に通ずる弥彦スカイラインは通行止めの期間がございます。
ご確認の上、お出かけください。
現在は長岡市に合併されている寺泊ですが、「寺泊町史 上・下巻」に周辺地域を含む寺泊の歴史や、それにともなう画像が見られます。そのいくつかをご紹介します。
 
                              *長岡市より画像転載許可済み
       尚、「寺泊町史 通史編 上・下巻」は、寺泊文化センター内地域図書館で購入可能です。


図98 本屋と舟小屋の接続した漁屋

現在は大河津分水の通水による排出土砂により海岸線は沖へ大きく遠のいていますが、その昔現在の国道402号線沿いに漁師の家がありました。画像の家は間口3間、奥行7.5間で2階には居間、物置が、奥に舟小屋が接続していたそうです。

中は土間で漁船や漁具などを格納し、母屋には土間(ニワ)がありその奥には井戸があり、仕事から帰り足や体を洗ったということです。

当館も私が子供の頃には確かに井戸がありました。その昔、海岸沿いの民家は凡そこのようであったと想像すると、自然と生活、仕事の環境を通じてそこに住む人との関わり、変遷がうかがえ興味深いです。現在は建物は取り壊され、駐車場になっています。夏になると背後の山から蝉の声が響き渡ります。

*画像は当館より徒歩1分の国道沿いに存在した家屋

寺泊町史 通史編 下巻p.392~p.393より抜粋 


図120 円上寺潟周辺絵図(正保国絵図)

寺泊の海岸線より少し山側に入ったところに円上寺というところがあります。地名はかって17世紀中頃の正保国絵図に「円蔵寺潟」→円上寺潟からきており、その潟湖周辺には現在も地名の残る七か村がありました。村内を流れる島崎川の開拓で田や畑に土地改良が行われたようですが、図を見たときにシルクロードの幻のロプノールを思い出し、その地域の変遷を空想してしまいました。

寺泊小学校裏からや国道116号線から入った地域かと想像し、大雨の降った後に田に水が多く溜まっている所などがその辺りかもしれないと想像していたのですが、ある日新潟日報で、国上山の周辺に住まいしていた高齢の方が円上寺潟(と書かれていたようです)に映る山容を見ながら過ごしていたという投稿を読み、存在した場所は違っているかもしれないと気が付きました。

因みに現在の寺泊側の私的想像域には堤があり、春になると桜や菜の花が咲き、心癒されます。

                    寺泊町史 通史編 上巻 p.379~p.380より抜粋


図134 大和田の塩焚き小屋

古き藻塩の時代の後、18世紀の江戸時代から寺泊で行われていた製塩業。地の利を得て、通年稼業で生計を立てていた所もあったことが窺えます。今は大和田、郷本、山田の海は夏~秋にかけてウィンドサーフィンの姿が見られますが、近くにこのような塩焚き小屋が存在したことに驚きました。ちなみに良寛さんが仮住まいした空庵は塩焚き小屋だったそうです。 
また、江戸・文化年に滑稽本『東海道中膝栗毛』を綴った十返舎一九が、『諸国道中金の草鞋』に弥彦から出雲崎に向かう途中の寺泊・山田の旅をおもしろおかしく書いています。

                     寺泊町史 通史編 上巻 p.551~p.555より抜粋

第16図 古来より盛んに行われた七ッ石海岸での塩焚き(大正中期)

揚浜式でしょうか?それとも入浜式でしょうか?このように”塩浜”で生産されていたのですね。最近でも佐渡でより大きな塩釜が見られますが、人々の労力と時の経過のゆるやかさが感じとれます。今は波が打ち寄せる静かな砂浜になっています。

                      寺泊町史 通史編 下巻 表紙に続く画像より